高木覚書

日記

日記のページを作ったのに、結局Xになんでも書いてしまっている。どうにか修正したい。とりあえずXに書いたことを移す。

ザ・ウォッチャーズ、なんか評判いまいちっぽいけど大変よかった。いつかAIと人間の間に子供が生まれたらどうなるだろう。というかすでに我々こそAIなのかも。という感想。

AIと人間の間で子供が生まれるというのは想像すると愉快である。遺伝情報に AIの学習履歴を入れたり、よくわからんが合成DNAなどが開発されるかもしれない。そうすると親子関係もむちゃくちゃになるし、AIと人間の区別もなくなるどころか、自分が何者かという意識が根本的に変わる。現実的には今の社会の制度のすべてに衝突するだろうが、そういうSFはあるだろう。今度調べてみる。

ノーランのオデュッセイア。セイレーンの歌は、無難という一番つまらない処理の仕方だと思う。不可能な歌をどう表現するか、何もしないという。ただ謎のポエムで説明する。これはどうしてもがっかりである。

改めてそう思ったのスピルバーグのディスクロージャーデイを見たからである。音響効果への丁寧さ。逃げ込んだ列車内に運搬中のピアノが縦に積まれており、パニックになった人物と同調するかのように弦とハンマーがゴンゴンうなる。そこで相方が手を取って、思わず弦を押さえさせることで心を落ち着かせるあの憎い演出。

むろんそれがベタに調和的な残響なのはどうなんだ、なんてことは言えるが、とにかく人間が汗水たらして一生懸命考えてる気持ちが伝わる。

古代楽器の再現などにこだわるノーランと、音響効果の演出に命をかけるスピルバーグ。音への態度へのこの違い。前者には大掛かりな文学的概念を提示があり、後者には出来事と物質が存在する。